お金を稼ごう!

シンプルに「お金を稼ごう!」というテーマで、お話ししていきます。

僕はTwitterで、いろんな経営者やインフルエンサーをフォローしていて、みんながどんな発言をしているか?また、そこにどんなリプライが集まって盛り上がっているかなどを研究してます。

それらの発言を見ていると、僕は素直に、その人たちを「かっこいいな~」と思います。

なんか、こうミッションや大義名分を掲げて自分の事業に邁進してたり・・・

世の中のために、社会のため、人のためにビジネスを進めながらも、僕たちに学びになるようなアウトプットをしてくれている。

本当にありがたいです。

一方で、僕は「お金の稼ぎ方」について発信しているわけで・・・

まぁ、ぶっちゃけ「カネ、カネ」している。

でも、先ほどの僕がTwitterでフォローしている経営者やインフルエンサーの人たちって、まったくそういった感じがしないんですね。

むしろ、お金に興味ないんじゃないのかなってくらい、そういった話題にふれないし、自ら発信することもない。

こんな僕からしたら、その人たちは「清く・尊い」存在なわけです。

しかし、しかしですよ。

僕の発信を見ている人は、やっぱりお金を稼ぎたいと思っている人が多いはずなんです。

だから、逆に、経営者やインフルエンサーのそうした「清く・尊い」発言を見たり、聞いたりすると「あれ自分ってお金に汚いのかな~」って感じちゃう人もいるかもしれないなと。

そう「この世はお金がすべてじゃないのかもしれない・・・」なんて具合に。

でも、結論からいうと「お金を稼ごう!」が、まずは正解なので、とにかく稼ぐべきです。

もちろん「お金の稼ぎ方」はいろいろあるわけですが「稼がねばならぬ」のです。

「会社の給料が少なくて困っている」
「家族を養って、何不自由のない生活をさせてあげたい」
「自分のやりたいことに挑戦するためにお金が必要だ」
「値段を気にせず、旅行や買い物ができる経済的・精神的自由を手に入れたい」など

人生の可能性を自分で切り拓くためには、結局お金が必要なんです。

では、なんで経営者やインフルエンサーたちの「清く・尊い」発言を見たり聞いたりすると、「自分ってお金に汚いのかな~」と感じてしまうのか?

ここからは、そのカラクリについてお伝えしたいと思います。

まずは「マズローの法則(欲求の5段階説)」というのがあるのを知っていますか?

アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、欲求五段階説という形で、人間の欲求が5つの階層に分けられることを解き明かしています。

1つめは「生理的欲求」とされる「生きていくうえで必要な欲求」。

たとえば、「お腹空いたからご飯を食べたい」「眠いから寝たい」「喉が渇いたから水を飲みたい」といった、生きていくうえで必要なものを満たしたい欲求です。性欲もここに入ります。

2つめは「安全の欲求」。

さきほどの「生理的欲求」が満たされると、次に私たち人間が考えることは「安全」についてです。

安全とは、「自分に対して危険が及ばないか、攻撃されないか」ということ。

具体的には、「安全な家に住みたい」とか「治安のよい場所で暮らしたい」とか。

また、ここには「安心・安定」も含まれるため、「安定した毎月の給料がほしい」とか、そうした欲求もありますね。

3つめは「社会的欲求」です。

「安全の欲求」が満たされると、「家族や組織に所属して、自分の居場所がほしい」となります。

あとは「自分を誰かに受け入れてもらいたい」とか。

孤独ってやっぱりさびしいじゃないですか。

僕は人が好きだし、群れていたいほうなんですよ。

そして、4つめが「承認欲求」。

社会的欲求によって、新しくつながった人たちから「自分の存在価値を認めてもらいたい」とか「すごい存在だと思われたい」とか、そういった欲求ですね。

「誰からも賞賛される結果や成果を出したい」という感情もこれにあたります。

そして、一番上位に位置するのが「自己実現欲求」ですね。

これは、この世の中で自分にしかできないことを成し遂げたいという欲求。

「俺はこれで世界を変える!」とかもこれです。

最近は、この5段階のさらに上があるといわれています。

それが「自己超越欲求」。

マジで漫画みたいな名前なんですけど・・・

ここまでくると、もはや自分とかどうでもよくて「社会をより良くしたい」であったり、「世界平和に貢献したい」っていうものなんですね。

これはもう神ですよ。

ここで話をまとめると、最初の3つである

・生理的欲求
・安全の欲求
・社会的欲求

これらは、物質だったり、自分を取り巻く外側のものを満たしたいという感情なわけです。

つまり「お金がほしい」とか「モノがほしい」とか「自分のことを受け入れてくれる人たちがほしい」とか・・・

あとの2つの

・承認欲求
・自己実現欲求

これらは、逆に他の人がどうこうとか関係なくて、自分自身の内面を満たしたいという感じなんですね。

そう考えると、Twitterで清くて尊い発信している人たちは、あとの2つの「承認欲求」「自己実現欲求」を満たしたい印象があるから、僕らのほうが「自分ってお金に汚いのかな~」って勝手に思い込んでしまうわけです。

でも、僕はちょっと腑に落ちないんですよ。

だって、そもそも欲求ってピラミッドで表現できないと考えているんですね。

というか、僕は「上のほうを欲求を満たそうとしているが偉いわけじゃない」と思うわけですよ。

もっといえば、下のほうの欲求については、そもそも興味がない人たちがいるかもしれないわけで。

たとえば、アーティストを志す人で、住むところも服も何もかもに興味がない、来月生活できるかもわからない、明日のご飯すらままならない・・・

でも、自分の作品だけはとにかく時間をかけて追求する、みたいな。

こうなったときに、この人は「自己実現欲求」を追っているけど、その下の欲求は起こってない可能性があるわけですよ。

つまり、このマズローの法則をピラミッド化していること自体が、僕はおかしいと感じていて、こうした構図のせいで、自分自身をちょっと卑下しちゃう人が出てきてしまうのってなんかヘンだと思いませんか?

別にこの5つの欲求って縦に積む必要なくて、横に並んでてもいいじゃんって。

ちょっと別の話になりますが、Twitterで発信しているカッコイイ人たちが、物質的なものへの欲求を感じさせない理由っていうのが、僕は3つあると考えていて・・・

1 そもそも物質的欲求がない
2 もう満たされている
3 本当はお金がほしいけど今はオモテに出してない

1の「そもそも物質的欲求がない」人たちって、育ちや生まれがいい人たちが多いと思うんですね。

僕なんかは幼少期から貧乏で「おもちゃほしい」とか「お菓子食べたい」とか、とにかく物質的に満たされていなかったから、それを現在までこじらせているわけですよ。

その部分での憧れが強かったこともあって、やっぱりピラミッドの下の3つ欲求(生理的欲求・安全の欲求・社会的欲求)がもう強いんです。

昔に比べたら、かなり減ってきたところもありますが・・・

2の「もう満たされている」人たちの場合は、だいたい自分で創業した会社を売却して、すでに大きなお金を手にしていたりします。

そういった人たちって、今は「カネカネ感」がゼロからもしれませんが、昔はいつもギラギラしていた可能性が高いわけです。それかその頃はTwitterをやっていなかっただけとか。

そう考えたら、「なんて今の自分はカネカネしているんだ!」って卑下することなんてないわけです。

僕ですら10年前と今ではまったく違いますから。

今でもね、他の人よりは「カネカネ」しているかもしれませんが、以前はもっとギラギラしていました。

人間なんてそんなもんなんじゃないんですか?

こんな考え方はダメですかね?

でも、会社を売却するっていうのは、めちゃくちゃすごいことです。

その時点で能力的には、もうスーパーな印象ですし、殿上人といえます。

そして最後の3「本当はお金がほしいけど今はオモテに出してない」パターン。

この場合、そもそも出しちゃうとカッコ悪いからって理由もあると思いますが、目先のお金はとりあえず置いておいて、 IPOやM&Aを目指しているケースとかも考えられるわけです。

それらを見据えて、今は清く・尊い発言することで、将来の大きなお金を手にしようと戦略的にやっている人だっているはずです。

ただ、やっぱり

「やりたいことをやろうとすると、どうしてもお金がかかる」

というのが真実。

こんな僕も、2019年にあるプロジェクトに個人的にチャレンジをしていた時期がありまして、それがトータルで4000万円くらいのお金がかかったんですね。

このプロジェクトはお金儲けではなくて、売上とかもなく、ただただ個人のお金を使って、自分の使命感に駆られて取り組み始めたものでした。

でも、心の底から思ったそれに挑戦したいとなって、実際にプロジェクトを動かすためには、結構なお金が必要だった。

だから、シンプルに「お金を稼ごう!」でもいいじゃんって。

さっきのマズローの欲求にしても、上のほうがカッコイイ、下のほうはダサいと考えている人が世の中的には多いかもしれません。

でも、僕はそんなの関係ないし、どうでもいいじゃんって思うんですね。

人間なんて人それぞれだし、みんな色々あったうえで生きてるわけじゃないですか。

5番目の「自己実現欲求」とか、その上の「自己超越欲求」を追い求められる人なんて、正直、世界の選ばし何パーセントの人だって僕は思うんです。

また、自己実現欲求を満たそうとするのが、社会的に正しいとか世の中的に正義みたいな印象があって、みんなそこを目指そうとしますが、みんながそうだから自分をそうしなくては・・・なんて考えること自体が間違っていると僕は感じますね。

最初、ほとんどの人は下の3つの欲求を満たそうと頑張っていくわけです。

来週、食いっぱぐれてしまったら、元も子もない。

僕は正直、毎日ずっと寝てたいし、安定した収入もほしいし、一緒に笑い合える仲間に囲まれて生きていたいし、普通に周りから「小玉すげー」って思われたいし、自分にしかできないことをしたいし、「あー世界が平和であればいいなぁ」と思うし・・・

結局は全部ほしいんです!

だからこそ、結論として

「あなたがお金を稼ぎたいと思っていたら、そのことを恥じることも卑下することもない」

「それぞれが自由だろ!」ってこと。

もっといえば、コロナの影響で世界的に景気の先行きがあやしいなかで、カッコイイとかカッコ悪いとか、そんな体裁を気にするよりも、まずはとにかくお金は稼いでいったほうがいい。

そのほうが、大切な人も救えるし、行きたかったところへ行けるし、自分がやりたかったことに挑戦できるし、何よりも心が自由を感じることができるって僕は考えています。

小玉 歩